発達障害・社会不適応の大人女子ブログ

発達・適応障害で境界線が曖昧な大人女子の胡蝶の夢

今日も一生懸命頑張るあなたに、お疲れ様です。

大人女子の発達障害

発達障害と適応障害女子のドクターショッピング

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生きにくいと思ったら発達障害でした。

私が初めて精神科を受診したのは高校2年生の頃でした。

当時は通っていた高校を中退して、通信制高校に転入したので、周囲の大人達に白い目でみられました。

「まるで学校行ってないみたいね。」

「学費高いなー。生活費の大半はパーだな。」

「部活も委員会もないなら、家の手伝いで沢山コキ使うからね。」

僻み根性の大人達の視線に耐えるストレスで、髪の毛をむしる自傷行為が始まりました。

私は日常生活をおくること、いや生きていくことにストレスを感じ、はじめて精神科を受診しました。

発達障害と適応障害女子のドクターショッピング

ドクターショッピングとは聞き慣れない言葉かもしれませんが、よく耳にする「セカンドオピニオン」とは違います。

ドクターショッピング

セカンドオピニオンの場合は、診断結果や治療方針が適切か、あるいは他の治療法があるのではないかと、自分自身の最善の治療法を知っておくために複数の医師の診断を仰ぐという面があると思います。

対してドクターショッピングは、医師の診断や治療方針に納得がいかないという、ようするに信頼関係が構築できずに、仕方なく新しい(次の)医師を探すということになります。
(ユリの認識と所感)

もちろん当時、女子高生の私はドクターショッピングなんて言葉さえ知らないまま、いっぱいいっぱいの精神状態で始めての精神科診察でした。

いま振り返れば緊張するシチュエーションだけど、当時はそんな余裕はまったくなし。

これでようやく、やっと私の願う人生を踏み出せるという想いでした。

はじめての医師(ドクター)は女医の先生でした。

女性ならではのきめ細かな診察でした。

軽めの安定剤を処方してもらいました。

臨床心理士による心理検査もしました。

本来ならここで、「広汎性発達障害」(近年は自閉症スペクトラムと呼びます。)と診断されたわけです。

しかし当時の主治医は、「発達障害はないとは言えない。個性と受け止めてほしい。」と、具体的な名前までは教えてくれませんでした。

原因不明の体調不良

70億人ものの人間が存在するわけだから、ひとりひとり性格や適性が違うのは当然としても、個性が原因不明の体調不良ということがあるのだろうか・・・

そんな素朴な疑問を抱きながらも、私の受け止めてほしいと言われた「個性」は様々な心身的な症状をあらわします。

息を潜めるような苦しい生活に耐えきれずに寝込む。

日常生活でパニックを起こして倒れる。

始めての診察科の診察以後、救急車搬送を4回経験しました。

とてもじゃないけど「受け止めきれない個性」だ、と痛恨の想いです。

学校は人数の少ないクラスで助かりました。

私はそんな精神状態(生活行動)でいたので、1人静かに教室で授業を受けて、周囲の白い目の中、なんとか高校卒業資格を取得できました。

卒業後は、食品製造業ヘ就職しましたが、半年で退職。

速さを求められる仕事内容という点で、私の場合かなりの遅さが目立つ・・・発達障害の影響かと頭をよぎりました。

その頃両親から、自動車の免許を取得するように言われて何度も断ったものの、無理やり入学させられました。

主治医にも相談しましたが、両親を呼んで説得まではしてもらえませんでした。

その時でさえも、自分は知恵遅れなのか、障害の名前も教えてもらえませんでした。

自動車免許教習所の受講中も無論、倒れました。

家族から呆れられました。

それでも何とか合格し卒業。

助手席にに誰かいないとろくに運転できません。

駐車もままらない。

教員の先生はもういません。

立派なペーパードライバーになりました。

「教習費もったいなかったね〜。」

「免許返納しちゃえば?」

無駄な免許の受験料30万円。

そんな広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)でありながら、病名を診断告知されないままの私の「受け入れるべき個性」と対峙したままの高校生活は終わりました。

臨床心理士いわく、「なぜ急に泣き出すのか分からない。」「感情表現が乏しい」だそうです。

ドクターショッピングのキッカケ

ある日、心から学びたい分野が見つかり、真剣に主治医に相談しました。

しかし、「無理じゃないかしら。」の一言でアッサリとダメ出しされてしまいました。

私はカチンときて、主治医との信頼感も崩壊しその病院への通院をやめました。

私は、大型病院受診を希望。

ここで初めて紹介状に「広汎性発達障害」と記されていました(痛恨)

最初の段階でもっと早く病名を告知されていれば、私は対処法を調べ学び、こんなにも(今も続く)生きにくいという苦境に陥る以前に、何か対策ができたのではないかと思うので、本当に痛恨です。

大学病院の診察

「確かに発達障害はあるね。」

男性の先生でした。

大型病院だけあって待合室は満席状態です。

午前の予約にも関わらず、夕方の診療の時もありました。

私の訴える「生きにくさ」に対して・・・ドクターは、「そんな事で?」「だからどうしたと言うの?」と、私がどんなに真顔で真剣に相談しても笑って済ませるチャラ男だったので、ここもやめました。

とても信頼関係を築けるドクターではない、それ以前にひとりの人間として私とは合わないと肌感覚で分かりました。

ドクターショッピングは続きます。

今度は、小さい頃からお世話になっているかかりつけ内科医に相談しました。

過去の経歴を全て紙に書き、読んでもらいました。

発達障害とは違いますが、「適応障害」と診断されました。

ここでようやく落ち着きました。

ところが、「両親が離婚したい、出来なければ別居したい」との事で、私は父と県外ヘ引越しすることになりました。

引越し先の精神科(4人目のドクター)は、評判がいい女医の先生でした。

近況報告を親身に聞いてくれました。

発達障害の本も揃えて、読んでもらいました。

ただ私の原因不明の体調不良は相変わらずでした。

就職もできません。

5つ目のドクターとして、医大病院でも診てもらいました。

療育手帳の診断書記入未経験の新米先生がほとんど。

こちらでは書けないと断られ、通院をやめました。

総合診療医も受診しました。体のどこも異常なし。

うつ病は治るから、精神科で診てもらうようにと助言を受けました。

見かねた父が、森田療法を紹介してくれました。

家族で入信していた新興宗教の導きもあって、森田療法の病院に変えました。

淡々と、ろくに目を合わせてもらえず問診が終わりました。

本当にここでいいのか疑問でしたが、宗教の導きを信じて通院、入院治療もしました。

長年、発達障害に携わっている先生が両親を呼んで診てくれると言うので、家族3人で受診しました。

医師から言われた内容

  • 「治らないよ。」
  • 「(長所を伸ばすことは)欲張りすぎだね。」
  • 「だからわざと突き放してるんだよ。」
  • 診察後のやり取り

「いや〜素晴らしい診察でしたね〜。」

「障害でもない。かと言って全くないとも言えない。」

微妙でした・・・

ドクターショッピングを怒られたこともあります

別の先生からはドクターショッピングを怒られました。

今までの私の通院履歴を聞いて、その先生は「あなたは医師を信じていますか?胸のうちを話せてないでしょう?主治医を信じていないから転々とするんだよ。」

「人格未成熟。もう一度よく心理検査を!」

じゃあこの体調不良はどこで治るの!?

いつ就職できるの!?

抑制できない憤怒。

診察室で叫んだのを覚えています。

そこも退院後すぐにやめました。

発達障害と適応障害女子のドクターショッピングをして分かったこと

医師との間で、自分の場合(私という発達障害と適応障害の患者)は「誰も関わりたくない気色悪い障害者」という前提があること。

あちら側は、私が生きにくさを克服しようとする姿は「生意気な小娘」と言います。

そしてばんたび起こる体調不良は、発達障害による「生きにくさ」から来ていることでした。

日本の医師の先生は発達障害の知識が少ない。

加えて、専門医・医療機関が少ないのが現状です。

本来なら生活指導(会話の仕方、援助サポーターの確保、職業訓練など)を受けるべきでした。

本来なら主治医がいることが1番だと思いますが、私がドクターショッピングした(している)理由は、自分に原因あるのに気づかない→誰の理解もない→十分な休息をと適当にあしらわれる→一向に改善に向かわない→病院を変える

そんな悪循環に掻き回されていました。

 

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