発達障害・社会不適応の大人女子ブログ

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発達障害の話がしづらい…。父親が頭ごなしに怒鳴る心理

更新日:

ふとテレビを観ていると、あるCMが流れてきました。

 
トラックのCMなのですが、自動ブレーキシステムをつけようかと息子が提案すると、父親が激昂するという内容です。

 
その後、息子の母親が父親をたしなめて、ブレーキの説明に入るというものだったと記憶しています。

 

かつての父親と言うと、このような頑固親父が当たり前という風潮がありました。
40~50代の人が見ると「昔はあれが当たり前だった」としみじみしながら、長い昔話に突入してしまうのです。

 

 

今日は、この「父親が怒鳴る心理というのは何なのか」ということについて、お話しようと思います。

 

 

父親=大黒柱という価値観

 

父親が怒鳴る心理 挿絵
今では夫婦共働きという家庭が多くなり、むしろ妻のほうが収入が安定していて多い、という家庭も増えてきています。

 
これは、男女の雇用が均一になったことに由来します。

 
最近では、建設現場で働く女性や、長距離移動トラックの運転手を勤める女性までいるので、時代は変わるものだとつくづく思います。

 
ちなみに、私がこうして記事をパソコンで打つような、仕事の原点でもある「タイプライター」は、女性が主に行う仕事でした。

 
ですが、今では男性も当たり前のようにタイピングを駆使して、資料を作成するなどしているので、時代の移り変わりというのは諸行無常と感じます。

 
では、戦前から戦後にかけてはどうだったのでしょう。

「労働は男の役割、女は家を守って当然という考え方だった」と、大抵の人は思うでしょうが、そうとも言い切れません。

 
こういった家庭観が成立する家庭というのは、夫が勤め人、いわゆるサラリーマンでなければ成立しなかったのです。

 
そのため、地方の農家では、男女関係なく野良仕事をしていました。

 
では、父親像というのはどういうものだったかと言うと、やはり「大黒柱」なのです。

 
一見矛盾するように見えますが、この時代の父親というのは、最後の責務を果たすための存在と言えます。

 
農家というのは、農地を経営する会社です。
その会社の方針を固め、最終的に決定するのが社長や取締役といった決定者です。

 
この決定者が、父親の役割だったのです。

 
今では、夫婦間で話し合い、道を切り開いていくものですが、この時代の父親は「家庭を守るのが自分の役目」と一人で背負い込んでいたのです。

 
そのため、家庭内で話し合うということはあまりなく、重責を負いながら一人で道を切り開いていったのです。

 
これが果たして、良いことなのかどうかは断言できませんが、こういう経緯があるからこそ、父親は「一家の大黒柱」と比喩されていたのです。

 

 

自分の考え方こそが正しいという考え方

このような家庭観であるからこそ、父親は「自分の考え方こそが正しい」と考えるようになります。

 
自分以外の意見は、一切、聞き入れることはありません。
どんなに合理的で、客観的な反論をしたとしても「うるさい、出て行け」で返してしまい、議論にすらならないのです。

 

 

こういった家庭は今でも残っているそうですが、かなり少ないでしょう。

 
このような状態になってくると、家庭崩壊してしまうように思いますが、当時から女性というのは非常に頭が良かったようです。

 
このイノシシのような夫を、まるでカウボーイが暴れ牛を乗りこなすかのように、つまりロデオのように上手に操っていたというのです。

 
決して対立するわけではなく、自分の考えている方向性に持っていくという、もはや政治家のようなことをしていたのです。

 
ですが、これでは夫の独裁的な考えは改められることはありません。
夫は「自分の選んだ道のすべてが成功している」と感じてしまうので、ますます「自分の考え方が正しい」と思い込むようになるのです。

 
ですので、我が子に反論されると「うるさいっ!!」と感情任せに激昂するようになります。

 
妻も、自分の考えていることと、我が子の考えていることが異なっているようなら、夫の肩を持ちます。

 
そうなると、夫はますます、感情でのみ物事を考え家族に感情をぶつけるようになります。

 
子供が「自分の考えの筋道に父親が乗るよう、事を進める」ことができるようになるのは、成人してから少なくとも数年を要します。

 
小中学生の時分では、自分の言い分を父親に理解してもらうというのは、ほぼ不可能ということになってしまうのです。

 
もし、考え方が客観的に正しかったとしても、即座に否定されるので、あきらめの心が子供に生まれます。

 
父親が怒鳴る心理の根幹には「自分の考えが絶対的に正しい」という自身と経験値があり、それらに基づいて怒鳴り散らしているので、なかなかひっくり返すことができないのです。

 

 

男女差別ではなく、同性差別である

感情的に怒鳴りつける父親は、男尊女卑的な考えの持ち主だと想像してしまうものです。

 
確かに多いですが、怒鳴りつける方向性とは別の話です。

 
どういうことかと言うと、かつての男尊女卑的な考え方というのは、「性別による差異から生じる欠点を補う」ための考え方が成長途中だったことに起因します。

 
「性別の差異から生じる欠点」とは、具体的にどのようなものなのでしょう。

 
男性と女性を比べると、無論、男性の方が体格が良く力も強いです。
そのため、重い物を運ぶような重労働は、男性の役目とされています。

 
一方で、女性は男性と比べると、小柄で力も弱いですが、手の指が細く細かい作業が得意です。
そのため、裁縫などは女性の役目とされています。

 
これもまた、今と変わらないですね。

 
「男でも細かい作業を得意とする人間はいる」と反論する人もいるでしょう。
その通りですが、これはあくまで平均的な男女差を基準にした話です。

 
得意な者が役割を担えばいいのですが、今現在の男女平等論は、平均的な男女差を基準に語られているのです。

 

 
そして、かつてはこの男女差の基準というのが大変広かったのです。
その結果、「男が外で働き女は家を守る」というような考え方になっていったのです。

 

 

では、どのような相手に父親は怒鳴り声を上げるのかというと「同性」なのです。
つまり、家庭内では「息子」ということになります。

 
同じ役割を担っていく息子であるからこそ、衝突してしまったり、あるいは一方的に怒鳴り声を上げてしまったりするのです。
言ってみれば「同性差別」であると言えるのです。

 
もちろん例外はあるでしょうが、父親が怒鳴りつける相手は圧倒的に息子が多く、娘を怒鳴りつけるというケースはかなり少ないそうです。

 

 

娘に怒鳴ることは滅多にないけど…

 

男女ならではの発達障害と社会不適応による苦しみ
「箱入り娘」という言葉があるように、息子とは違い、娘を甘やかす場合が多いです。

 
今現在でも、娘と妻が男性アイドルグループのコンサートに行くためのチケット代を得るために、娘が父親にお願いしてせびるというようなことはあります。

 
父親が娘を怒鳴りつけるということは、滅多にありません。

 
しかし、怒りをあらわにし、怒鳴りつけてしまうという場面があります。それは、娘に恋人がいることが分かった時です。

 
この時だけは「自分の娘が汚された」という思いが先行して、相手がどんなに真面目で良い人物であったとしても、あらぬ行動に出てしまう父親というのは多いです。

 
中には「初めて娘を怒鳴りつけてしまった」という人や「思わず手を上げてしまった」という人もいるそうです。

 
ほとんどの人は後悔するのですが、今まで可愛がっていた娘が家から出て行くとなると、悲しみがこみ上げてしまい、そういう行動に出てしまうものなのでしょう。

 
真面目な父親であればあるほど、感情が一気に噴出してしまうのです。

 

 

怒鳴ることは虐待なのか?

では、「感情に任せて怒鳴りつけるという行為」は、虐待に当たるのでしょうか。

 
当然、「怒鳴ったから虐待」というのは違います。
なぜなら、子供が過ちを犯してしまった場合は、罰として怒鳴りつけることも必要だからです。

 
例えば、自分の子供が万引きをしてしまった際に、優しく語りかけるだけでは、被害に遭った側は納得しません。

 
「この件は警察に相談する」という方向になります。そうなると、自分の子供の経歴に傷がつきます。
罪を償うという点において、警察の役割というのは重要です。

 
ですが、そうならない結果のほうが望ましいと思うのが親心です。怒鳴りつけて叱り、反省を促すのです。

 
本気で反省し、相手に謝意が伝われば、警察に通報されるのは子供が相手であれば、避けられるケースが多いです。

 
これが良いことなのかと問われると、客観的に見れば「きちんと罪を償うべき」という答えが正しいです。

 
しかし、もし自分の手で罰を与え、罪を償わせるという方向性に持っていけるのであれば、そちらを選ぶということを責められることはありません。

 
つまり、怒鳴りつけるという行為には「習慣化」しているものと「最後の手段」としているものの2種類が存在すると言えます。

 

 

子供に怒鳴る父親ってどうなの?

では、徹底的に子供を怒鳴りつける父親はどうなのでしょう。

 
先述では「習慣化している」というケースになります。これはよくありません。

 
例えば、子供が毎日必死で勉強をして、テストに臨んだにも関わらず悪い点数を取ってしまった場合。
またあるいは、毎朝ランニングなどの自主トレーニングは欠かさず、夜遅くまで素振りなども行っている野球少年が、試合で上手くプレーできなかった場合。

 
こういった時に、子供に対して怒鳴りつけるというのは当然、良いこととは言えません。
努力を称えつつ、次の機会では決してミスをしないようになど助言をしたり、指導をするのが一般的です。

 
ここで怒鳴りつけてしまったら、子供の心は大きく傷ついてしまいます。
そして、大きなトラウマとなり、やめてしまうという結果になることも考えられます。

 
にもかかわらず、なぜ怒鳴りつけてしまうのでしょうか。それは「習慣化」してしまっているからです。

 
怒鳴ることが習慣となっている父親は、子供の些細なミスに対しても、日頃から怒鳴りつけています。
そのため、子供も家庭で萎縮してしまっている場合もあります。

 
小さなことで怒鳴りつけているので、大きな失敗に対してはより怒鳴りつけてしまうのは目に見えてきます。

 
このような父親は「親失格」と言っても過言ではありません。自分の思い通りにならなかったことに対して、怒り狂っているからです。
このような場合、虐待と認定されても仕方ありません。

 

 

子供が成長するにつれて

子供は成長するにつれて、「反抗期」というものを迎えます。

 
これは、父親も必ず通った道なので、自分にも経験があると感じるのです。

 
すると、「反抗期を迎えたのか」と成長を喜び、子供に対してたくましさを感じるそうです。
家庭内はギクシャクするかもしれませんが、親として嬉しく感じるものです。

 
ですが、怒鳴りつけることが習慣化している父親の場合は、そうではありません。
このような父親は、自身の反抗期に関する一切の記憶を抹消し、「お前は親の言うことをよく聞く子だったのに、なぜ俺に歯向かうんだ」という思考回路を展開していきます。

 

 

こうなってしまうと、家庭では子供と父親の言い争いが絶えなくなってしまいます。

 
一般的な家庭であれば、例えば反抗期に入った息子が言うことを逆らったり、あるいは暴力的な言葉を使ったりしたとしても、叱りはしますが争いになることはありません。

 
しかし、怒鳴りつけることが習慣化している父親が存在する家庭の場合は、そうはいきません。
子供が1を言えば、父親は10返すといった具合に、言い争いがヒートアップしていきます。
場合によっては、殴り合いのケンカになることもあるそうです。

 
子供の成長というのは、ネガティブな要素も多分にありますが、それでも嬉しく感じるものだそうです。

 
しかし、自分の思い通りに行かないことを、絶対に許さないような父親の場合、そもそも反抗期を成長とは見なさないのです。

 
このような父親の家庭は、注意が必要であると言えます。

 

 

父親の職によっても違ってくる

 

父親の気質による影響
父親が習慣的に怒鳴りつけている家庭であるかどうかは、実は父親の職によっても大きく変わってきます。

 
例えば、父親が大工である場合、怒鳴りつけるパターンの父親が多いです。
なぜなら、職人の世界では、そういう風に仕込まれていくからです。

 
「人は怒鳴りつけられてこそ成長する」という考えに染まってしまうのです。
実際、大工さんと話をすると、このように語る人が多いです。

 
ですが、それと同時に、後悔したり悩んでいる人というのも少なくありません。
怒鳴ることが習慣化し、自分こそが正しいと考えている人間の場合はこうはなりません。

 
「大工」という職人系の仕事は、今では就く人が少ない職です。
だからこそ、子供との考え方に大きな差異が生まれて当然なのです。

 
我が子に対してどう向き合えばいいのか分からず、結果として怒鳴りつけてしまうのです。
同じような悩みを抱えている人は、もしかしたら多いのかもしれませんね。

 
「そういう時は話し合えばいい」とよく聞きますが、自分のできるアドバイスと、子供の進む道が合致しているのかどうか、というのも分からないものです。

 
特に、子供の進学に関して衝突してしまうことが多いようです。

 
大工さんの場合、自身は中学を出てからすぐにこの道に入ったという人も多いため、大学受験の勉強に悩む子供にアドバイスするのが難しく、結局、精神論になってしまい衝突、怒鳴りつけてしまうのです。

 
もし、アドバイスが難しいと分かれば、黙ってあげるというのも一つの手です。

 
父親がドーンと構えてくれるだけで、子供は安心するものなのです。

 

 

父親の持つ矛盾する思い

父親というのは、特に息子に対しては「自分を超えてほしい」という思いが必ずあります。

 
しかし一方で「我が子には負けられない」とも思っているのです。

 
この矛盾の中で、父親の心理というのは、大きく揺れ動いてしまいます。
特に、成人した息子に対しては、「ライバル心」というものを抱いている場合が多いです。

 
そのため、息子が仕事に対して愚痴をこぼすと、怒鳴りつけてしまうのです。

 
似たようなケースで、上司が若手の部下に対して「俺が若いころはな…」と、グダグダとくだを巻くようなパターンがあります。これと似たようなものです。

 
父親の中に存在する矛盾した2つの思いが、怒りという感情によって表れ、怒鳴りつけてしまうのです。

 
あるいは、一緒にテレビを見ている際に、息子と同年代のスポーツ選手が出てくると、「お前と同い年の奴は、こうしてお前以上に稼いでいるんだぞ」と得意になって、煽ってくるようなことがありますよね。

 
しかし、これは同時に「自分は年下よりも稼げていない」ということを、息子に自己申告していることになります。

 
もし、それを指摘しようとするなら「そういうことを言ってるんじゃない」と、やはり怒鳴りつけてきます。

 
これはいったいどういうことなのかと言うと、本人はあくまでも息子に対してエールを送ったつもりなのです。

 
「お前もこいつらに負けないくらい偉大な人物になれよ」という真意が込められているのですが、読み取ってもらえないどころか逆にあおり返され、真実を告げられてしまったがために怒鳴り散らしてしまうのです。

 
「父親の心理を見て真意を読み取る必要がある」とまでは言えませんので、なかなか難しい所です。

 

 

まとめ

父親が怒鳴る 心理 まとめ

怒鳴り散らす父親像というのは、古くから父親像の定番として存在していました。

 
しかしそれは、単なる男尊女卑によるものとは言い切れません。
男女のすみわけを行う際の区分が、あまりにも広すぎたために生まれてしまった像であると言えるのです。

 
その像は、今でも色濃く残っている場合があります。

 
中には、ワンマン企業の社長のごとく、自分の考えのみで推し進めてしまう父親もいます。
ですがこれも、古くからある「父親は家族の道を決める決定者である」という大黒柱観があったからです。

 
怒鳴り散らす父親というのは、ケースごとに見ないといけません。子供が悪行を働いたことに対して、叱っているという場合もあるからです。

 
怒鳴ること自体は、はっきり言ってしまえば乱暴な行為です。

 
しかし、家族という親密なコミュニティにおいて生活を共にしているからこそ、そのような行動に走ってしまうこともあるのです。

 
普段から、子供の失敗に対して怒鳴りつけるという行為は、自身の思い通りに行かなかったことに対する行動です。

 
怒鳴りつけるという行為においても、さまざまな原因が存在しているのです。

 
父親の心理において、単なる怒りぶつけているだけか、それとも子供のためを思っているからこそ出てしまう場合も多分にあるのです。

 
怒鳴りつけるという行為自体は、できれば控えたいものです。

 
しかし、これが簡単にできないからこそ、父親という存在でいられるのではないか、とも考えてしまいます。

 

 

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