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ご先祖様への感謝はなぜ大事なのか? 発達障害をもつ私がふと思った疑問

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私は過去に、新興宗教団体に入っていました。

 

先祖の鑑定では、武士、病死、人間関係の欠乏で苦しまれたご先祖様が視えたそうです。

 

私の発達障害の原因は、示されたご先祖様の影響によるもの、と。

 

延々と続く供養をしていました。

 

正しい教えを求めて、どの宗派にも共通点があることに気づきました。

 

それは、ご先祖様へ「感謝」をすることでした。

 

お盆やお彼岸のお墓参りは、一般的な習慣として、私たちの暮らしに根づいています。

 

「先祖供養をしないと不幸が起こる」「先祖供養をすれば運気が上がる」などと言われることがありますが、本当でしょうか。

 

いったいなぜ、私たちは先祖供養をするのでしょうか?今日は、先祖供養をすることにどんな意味があるのかを、お話しようと思います。

 

先祖供養をしないと祟りがある、先祖供養をすると運気があがる、ってホント?

よく聞く話として

 
「あなたがこんなに運が悪いのは、供養されていないご先祖様の怒りによるものだ」

「先祖供養を怠ったから、あなたもあなたの家族も不幸になったのだ」

 
という話があります。

 
また、それとは逆に、運気アップのために先祖供養をしようという話も、耳にすることがあります。

 

 

先祖供養についてはいろいろな考え方がありますが、これらの話を「おかしい、そんなはずはない、何でもご先祖様のせいにするのは良くない」という考え方もあります。

 

 

というのは、もしあなたがご先祖様の立場で、あなたの子供や孫がお墓参りを忘れたからと「許せない、不幸になればいい」「たたってやる、呪ってやる」と思うでしょうか?

 
「お墓参りに来てくれないのは寂しいけれど、元気で幸せに暮らしているならそれでいい」
と、思うのではないでしょうか。

 

 

ご先祖様が願うは、子孫が元気で楽しく生きていること。

 

 

もちろん、定期的にご先祖様を思い出して「元気で生きていますよ」という報告をしたほうがご先祖様は喜ぶでしょうが、そうでないからと子孫が不幸になるように念を送るご先祖様がいるとは考えにくいのです。

 
それと同じに「先祖供養をすると運気が上がる」というのも眉唾物だと考えられます。

 

私達の先祖は80億人もいる!?

私達の先祖となるのは、両親のそれぞれの両親(祖父母)4人、そしてその4人のそれぞれの両親(曾祖父、曾祖母)の8人……と、1代遡るごとに2倍ずつ増えていきます。

 

単純計算すると、たった33代で祖先が80億人を越えてしまいます。つまり、私達の祖先はものすごくたくさんいるということ。

 
先祖供養は3代前まででいい、5代前まででいいなんていうルールはありませんから、数十億人の「祖先」を供養するのが、私たちの先祖供養なのです。

 

 

そして、忘れてはいけないのが、その中の誰が欠けても、私たちはこの世に生を受けていないということ。ご先祖様は、あなたをこの世に送り出してくれた、かけがえのない存在なのだそうです。

 

ご先祖様の悪事が今の不幸の原因?そんなわけない!

「あなたの〇代前のご先祖様が人を殺した、その償いをしなければいけないので、あなたの代で不幸が起きているのです。」

 
こんなに恐ろしいことを霊能力者が言うテレビ番組が、ときどき放送されていますが、これもおかしな話です。

 
だって、私たちの祖先は33代前までで80億人以上。善人もいたでしょうが、悪事に手を染めた人もいたでしょう。

 

 

人間の歴史は、争いと戦いの歴史でもあります。その中で、望まず戦いに巻き込まれた人も少なくありません。当然、人を殺めたご先祖様もいたでしょう。

 
そんなことを考えたら、人類全員が不幸になってしまいます。

 
80億人のご先祖様がいれば、80億通りの人生があります。80億人分の人生の責任なんて、とてもじゃないけど負えません。

 
それぞれの人生の責任は、それぞれが負うべきもの。今を生きる私たちは、私たち自身の人生に責任を持てば良いのです。

 

 

「先祖供養」という言葉を都合よく使い、お金儲けに利用する人や団体が存在することを、頭の隅に覚えておいてください。

 

先祖供養をするのは何のため?

先祖供養について
仏教では、死んだら何かに生まれ変わり、生と死を繰り返すと考えられています。

 

 

そのため、命を全うしたあと、肉体はもちろん骨も用済みになるため「どこに骨を埋める」「骨に念じる」こと自体が、仏教本来の考え方から言えばナンセンスなのです。

 

 

法事や葬式も、仏教の儀式ではなく、もともとは伝統風習でした。

この考えを突き詰めると「お墓」自体が意味のないものになります。

 

 
寺の檀家になっているから、そのお寺で葬式をあげ、お寺に墓を作りますが、檀家とは江戸幕府が民衆を管理するために作った制度です。

 

 

江戸時代、人々は檀家になり、寺が発行した証明書を持っていなければ、キリシタンだと思われて迫害を受けたため、仕方なく檀家になったというケースも多かったのです。

 

 

このような歴史や仏教本来の考え方を知ると「お墓の前に行って手を合わせることに、意味がない?」と思ってしまいますよね。

けれど、先祖供養に意味がないわけではありません。

 

 
自分がこの世界に誕生したのは、80億人を越えるご先祖様たちの営みがあったからこそ。

その中の誰が欠けても自分は誕生していませんし、その中の誰かが違う誰かを伴侶に選んでいても、やはり自分は誕生していないのです。

 

 
自分が今ここにいて、この風景を見て、感じて、お腹が空いて美味しいものを食べて満たされ、暖かい布団で眠ることができるのは、ご先祖様があってのこと、奇跡のような出来事の結果です。

 

 
すでに生まれ変わっているかもしれないご先祖様の幸福を祈り、感謝を捧げて、そして「今、ここに自分がいる奇跡」を実感すること

それこそが、先祖供養の意味だと言えるのではないでしょうか。

 

 

あなたがあなた自身を大切にし、自分がより自分らしく、幸せでいられるように生きていくこと自体が、先祖供養(ご先祖様が一番喜ぶこと)でもあるのです。

 

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