発達障害・社会不適応の大人女子ブログ

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大人女子の発達障害

発達障害の私から見た「キモイシネ」と発言する人の心理

更新日:

今日は、大阪にある発達障害当事者の会での講演会をもとに、何でも「キモイシネ」で返して済まそうとする人々の心の中と対処法について、綴ろうと思います。

バラエティ番組や漫才を見ていると、「お前もう、シネ!!」とか「キモいわ、お前」といったツッコミが聞こえてくることは、そう珍しいことではなくなりました。

 

 

ですが、中には嫌悪・不快に思う方もいらっしゃるかと思います。

 

 

かくいう私自身も、そう返されたらどうすればよいのか分からなくなってしまいます。

 

 

状況にもよりますが、嫌悪感を抱くほど気分を悪くすることだってあります。

 

 

「キモイシネ」の言葉がどんな時に使われているか

まずはじめに、言葉の「キモイ」は、外的要因や行動、性格に対して発せられる言葉です。
つまり、「キモイ」は相手の人間性を「貶している」といえます。

 

 

一方で、「シネ」は場面をあまり選ばず、どのようなシーンでも使われるといっても過言ではありません。

 

 

つまり、「シネ」という言葉にはある意味で汎用性が高いといえます。

 

 

この二つの言葉を比較すると「キモイ」はネガティブな行動にもポジティブな行動にも皮肉として使えます。

 

 

例えば「お前、いっつも前髪いじっててキモイぞ」という使い方や「お前のマジメさはキモさすら感じる」といった具合です。

 

 

要するに、ネガティブやポジティブに関わらず過剰性に対して発せられます。

 

 

しかし、「シネ」は最初に述べたように「お前もう、死ね!」といった具合に唐突に発せられることが多いです。

 

 

それゆえに、「シネ」という言葉は会話の終了に用いられることが多いといえるのです。決して良い表現とはいえません。

 

 

地域差がある

 

red and white baseball

お伝えしたいのが、この「シネ」や「キモイ」という言葉の表現には、地域差が明らかに存在しているという点です。

 

 

発達障害当事者の会は大阪を拠点に活動しているのですが、「シネ」や「キモイ」といった言葉は、もはや常態的に使われているといっても過言ではないそうです。

 

 

最初にご紹介したバラエティや漫才でのシーンも、どちらかというと「大阪の芸人さんが使っている」というイメージが皆さんの中にもあるかと思います。

 

 

こういった言葉は「誹謗中傷」や「相手を痛めつけてやろう」という意味合いで使われることは、少なくとも大阪では稀だそうです。

 

 

大阪府民にとってみれば「シネ」や「キモい」といった言葉は、言ってみれば「キツ過ぎるツッコミ」というニュアンスで使い、受け止めているのです。

 

 

ですので、大して嫌な思いをしないということがほとんどだそうです。

 

 

「会話」を「言葉のキャッチボール」で喩える方は多いと思います。

 

 

その喩えで言えば、「シネ」や「キモイ」という言葉は「火の玉ストレート」や「剛速球」、あるいは「暴投」と喩えて考えてみると良いでしょう。

 

 

そういった言葉に対しては、それらの場面に応じて「キッツイわ~」「何でやねん!!」「言い方!!」等といったツッコミで返すと、自然に会話が楽しめてしまうのです。

 

 

なので、すぐに「シネ」や「キモイ」と言ってしまっている人は関西在住である可能性が高いと思います。

 

 

これはもはや「人間性」や「心理」というよりも、その人の過ごしてきた「環境」が原因であるといえます。

 

 

ですから、その点を理解した上で注意してあげると良いでしょう。

 

 

ほとんどの大阪府民は、注意されると「何や自分、マジメな奴やなぁ」と言いながらも従ってくれますし、中には「いや!!そういうつもりで言うとったんとちゃうからな!!ゴメンな!!」ときちんと謝罪してくれます。

 

 

単に「人間性の問題」や「相手の心が歪んでいる」と決め付けてしまうと、今後の人間関係がこじれてしまう可能性が大きいです。

 

 

そのため、不快に思われることは重々承知ですが「地域差」を念頭に入れていただくと、大阪府民にとっては幸い、腹を割って会話できます。

 

 

人間関係で考えてみる

 

その1:友人関係

では、特に関西在住でもないのに「シネ」や「キモイ」で済ませる人はどういう人間なのでしょう。その答えを知るには、相手との人間関係について考えてみることも重要です。

 

 

もし、その相手とけっこうな長い付き合いであるならば「気を許しあえる仲」と相手も考えている可能性は大いにあります。

 

 

つまり相手は「ある程度キツいジョークを言っても良いだろう」と考えているというわけです。

 

 

ですから、決して悪い人というわけではありません。単に「礼儀が無い人」であるというわけです。どう考えても、良いことではありませんが。

 

 

こういった場合、ハッキリと「嫌だ」と相手に伝えるよりも、それとなく働きかける、気づいてもらうことのほうが今後の人間関係に悪影響を及ぼしにくいです。

 

 

たとえ礼儀がなってない人相手であっても、礼儀を示してあげなければなりません。

 

 

たとえば会話の中で「仲いい奴にシネとか言われたら、やっぱりドキッとするんだよなぁ」という程度で良いです。

 

 

相手が改善されないという可能性も大いにありますが、言ってみるとスッキリするものです。

 

 

その2:上下関係

 

キモイシネ ブラック上司

では、その相手が上司であった場合のことを考えて見ましょう。

 

 

例えば、仕事において失敗をしてしまったとします。すると、当然のことながら上司に𠮟られれてしまうことでしょう。

 

 

その時に上司から「お前は普段からおどおどしていてキモい、だから失敗するんだ」「もう、死ね」などといわれたら、かなり傷つきます。

 

 

さらに、自身の心も追い詰められていき、コレが続くと本当に「死」について意識してしまいます。

 

 

これがいわゆる「パワハラ」といったもので、ブラック企業の代名詞とも言えるものです。

 

 

では彼らの心理はどういったものなのか、実際に殺意を抱いていることはありません。

ただ、「沸点が非常に低く、品性も欠けている」と言わざるを得ません。

 

 

一つの会社に1年以上いると、必ず言葉遣いを教育され、矯正されます。

ですので、少なくとも会社の中においては「シネ」や「キモイ」といった言葉を使う発想には至らないのです。

 

 

特に部下に対しては、上司自身が教育していく必要があるため、そういった言葉は避けて叱っていく必要があります。

 

 

にもかかわらず、平然とそういった言葉を使ってパワハラを行うということは「上司の人間性が破壊されている」「もともと品性が無い」のいずれかになるといえます。

 

 

後者の場合は、もうなるべくその人に近づかないようにするか、更に上の上司に相談するという手段をとる必要があります。

 

 

しかし、前者の場合は相手の人間性というよりも「会社の方針」が問題になってきます。

 

 

そのような場合、会社をなるべく早く辞める方向に考え方をシフトしていきます。

 

 

「なかなか次の職場が見つからないのでは」という不安は当然ありますが、そんなブラック会社に居座ったまま数年経ったあなたの姿が、その上司なのです。

 

自分はそうなりたくないのであれば、なるべく早く辞めたほうが懸命でしょう。

 

 

「シネ」や「キモイ」といった言葉を使う人の心理というのは、その人の「もともとの人格」によるものだけではないのです。

 

 

その点を十分知っておいた上で、状況を対処していかねばなりません。

 

 

全くの他人から「シネキモイ」と言われる経験

では、全くの他人であればどうでしょう。

 

 

「面識のない知らない人からそんなこと言われる場面なんてないでしょ」と考える人もいるかもしれません。

 

 

しかし、実際にはそういったシーンはかなり増えているのが現状です。

 

 

講演者の話によると、一つは「おひとりさま歓迎」の居酒屋やバーだそうです。

 

 

バーで一人で呑んでいたところ、おじさんが自分の隣に座ります。

 

 

「この店で4軒目」ということなので、相当呑んできているのは目に見えていました。

 

 

すると、なんとなしにスマホを取り出した自分に向かって

「携帯なんて気にくわねぇんだよ、シネ」

と笑いながら言ってきたそうです。

 

 

そして、私が頼んだバーボンの銘柄が気に食わないからシネ、着ているTシャツが気に食わないからシネなど…

 

 

事ある毎にシネシネ言われるものですから、呆れて乾いた笑いが漏れ出すほどだったと苦笑。

 

 

それから30分くらいしておじさんは店を後にしたのですが、マスターいわく「いつもああいう感じで、僕らは"シネシネおじさん"と呼んでいる」のだとか。

 

 

「客商売でそれはどうなんだっ!?」と頭に浮かびましたが、あそこまで強烈だとそれも致しかたなしといった感じ。

 

 

講演者いわく、私の勝手な考察ですが「シネシネおじさん」は、本来は無口で人とあまり話せない人だったのではないでしょうか。

 

 

酒を飲むことである程度話せるようになるけれど、泥酔しているので暴言しか出てこないのです。

 

 

もっと人と積極的にお話できるような飲み方であれば、そういう短所は治っていくのではないかと思いますが、長く生きた人のそういう部分を治すというのは、なかなか難しいものです。

 

 

いわゆる「クレーマー」と呼ばれる人々

 

キモイシネ 電話 コールセンター

 

講演会で、カスタマーセンターで勤務していたことがある参加者がいました。いわゆる「クレーム」を受け持つ部署です。

 

 

世間一般のイメージとして、そういう所に電話をしてくる人は暴言ばかりを吐く人々といった感じです。

 

 

しかし、実際にはお客様が怒りをあらわにしているのに正当な理由があることがほとんどだそうです。

 

 

たとえば「あさっての結婚式にあわせて購入した靴が、傷が付いていた」とか「買って間もないテレビの電源が入らなくなった」など、話を聞くと「それは怒るだろうな」というものが多いです。

 

 

そういう相手との会話の中で、「お前ら全員死んでしまえ」とか「てめぇら気持ち悪いんだよ」と言われるのはかなりつらいですが、仕方ない部分もあります。

 

 

ですが、中には世間一般のイメージ通りの人もいるのです。

 

 

電話に出ても応答がなく「お客様?」と声をかけた瞬間に大声で「シネッ!!」と言われ電話を切られたことなんて何度も経験しているというのです。

 

 

正直な話、切ってくれるだけまだ「マシ」なほう。

 

 

中には「シネ」や「キモイ」どころか、この世にあるほとんどの罵詈雑言を並べても足らないほどのネガティブな語彙力を有した方からの電話があり、最長で3時間続いたとのこと。

 

 

参加者いわく

「当然のことながら、私の勤めていたカスタマーセンターの親会社の製品とは一切かかわりの無さげな人なのですが、会話の中で「○○支店のスタッフに失礼なことをされた」といわれると聞かざるを得ないのが、あの仕事のつらいところでした。実際にはそんな失礼な対応を誰もしていないし、何だったらそのクレーマーさんもそのお店には行っていない様子でしたが…」

 

 

何故こういった人たちはこのような行為に及ぶのかというと、ずばり「匿名性」に依存しているのです。

 

 

カスタマーセンターの窓口は、電話をかけてきた人の情報が提示されなくても対応せねばなりません。

 

 

つまり、匿名相手の話も聞かなければならないのです。

 

 

相手も当然、そのことを知っています。「ストレス発散のために誰かに当り散らしたいけれど、そんなことをしたら社会的地位を失う」ということを重々承知しているので、聞いてくれる人間が確実にいて、なおかつ自身の匿名性を保てるからそういった行為に及ぶのだそうです。

 

 

ネットと匿名性

 

キモイシネ SNS

 

匿名性によって「シネ」や「キモイ」といった言葉が発しやすくなるという心理が働くわけですが、それが最もカジュアルに行える場がネットです。

 

 

ネットの匿名性が批判されるようになったのは2000年代に入ってから、結構最近のことなのです。

 

 

某大手匿名掲示板の存在が、バスジャックの事件で大きく取り上げられるようになったのがきっかけだったと記憶しています。

 

 

「自分は相手が誰なのかを知らない、相手もまた自分が誰なのかも知らない。加えて前章で紹介したような仕事として相手を受け入れる必要もない。そんな場だからこそ「シネ」や「キモイ」という言葉が飛び交っている。」

 

 

と、世にあるネット批判を見ると大体こんな感じです。

 

 

しかし、実際に蓋を開けてみると、確かに「シネ」や「キモイ」という言葉が飛び交ってはいますが、その対象は匿名の誰かではなく、現実で発生した事件に対して発せられていることが実は多いです。

 

 

いわゆる「義憤」

 

 

道義・正義に外れたことに対する憤りというものと、推察できます。

 

 

こういった感情は、誰しも抱えているものです。

 

 

しかし、現実の世界で事件を引き起こしたものに対して「シネ」「キモい」といえる人はなかなかいませんし、言ってしまうとやはり周りから白い目で見られることになります。

 

 

そういう感情自体は誰しもありますが、理性でもってそれを抑圧しているんです。

 

 

そんな中でそういうことを言ってしまうと、「私は我慢しているのにあいつは我慢できないのか、異常だな」と周りから思われ、拒絶されるというわけです。

 

 

人間の社会とは難しいものですが、そういった蓋のようなものを取っ払うことに成功したのがネットにおける「匿名性」なのだと私は思います。

 

 

誰にも知られない、誰もが平等である世界で本音をぶつけ合うことが可能な空間。それが匿名掲示板です。

 

 

それが良いことなのか、それとも悪いことなのかは判断に困るところですが、絶対悪とまでは言い切れません。

 

 

私自身、こうした本音をぶつけ合っている場を見ることで「人々はどういう心理なのかを知ること」に役立てようとします。

 

「そんな本性を知ってしまうと、人間が怖くなってしまうのではなかろうか」と考える人もいますが、そこまでネットに執着している人はごく一部ですし、そもそも先述のように「シネ」や「キモイ」という言葉を書き込んでしまうのは義憤によるものです。

 

 

言ってみれば「自身の正義」に酔っている状態であり、人々を憎んでそういったことを書き込んでいるわけではないのです。

 

 

その点を抑えていれば、愚かに感じることはあれど人間不信になるようなことはありません。

 

 

どこからどこまでが匿名?

ネット上のコミュニケーションがすべて匿名というわけではありません。

 

 

中には実名をさらして行うものも存在します。いわゆるSNSと呼ばれるものです。

 

 

SNSは「現実とネットの結びつき」を演出しているものが多く、利用者は自分が現実の世界を謳歌しているかを知ってもらうために利用しています。いわゆる「リア充」というものです。

 

 

そういった場では、「シネ」や「キモい」といった言葉が飛び交うことはほとんどありません。そういった言葉を発してしまった時点で、「現実世界に満足していない」ということがバレてしまうからです。

 

 

中には偽名でSNSを利用している人もいますが、そういった人たちはそもそも自分をネットに拡散する気が一切無いので、SNS依存者というよりも前章の匿名掲示板依存者といったほうがよい気がします。

 

 

SNSと匿名掲示板を比較

SNSと匿名掲示板を比較してみると、ネットで「シネ」や「キモい」と書き込む人の心理が更に分かりやすいです。

 

 

匿名掲示板の場合、発言の自由に重きを置いています。

 

 

そのためSNSで言うところの「アカウント」が存在しません。

 

 

誰が書き込みを行ったのかを示すIDは存在しますが、1日で変わってしまうものなのでその人の身分を証明するものではありません。

 

 

ですので、「何を言っても許される」という心理が働くのです。

 

 

一方でSNSの場合は、偽名やハンドルネームであったとしても「アカウント」が存在します。そのため「誰が誹謗中傷を行ったのか」が判断しやすくなります。

 

 

そのため、SNSではなかなか「シネ」や「キモイ」という言葉が言えないのです。

 

 

しかし、SNSは匿名掲示板とは違い「複数のアカウントが徒党を組んで攻撃する」ということが可能です。

 

 

そのアカウント自体は一人の人物が複数のIPを駆使して作ったものである可能性もありますが、それでも「大勢から責められている」という錯覚を相手に印象付けやすいといえます。

 

 

実際のところ、少なからずそういった性質を利用していわゆる「炎上」を演出して、相手を攻撃したり、逆に炎上を利用して自身の承認欲求を満たすという人までいます。

 

 

当然そういった場では「シネ」や「キモイ」という言葉が飛び交っています。

 

 

自身の承認欲求を満たすために、わざわざ複数のアカウントで自身に対して「シネ」「キモイ」と自作自演による中傷…この場合は自傷とでも言いましょうか、とにかくそういった行為を行う人もいるというのがSNSの不思議なところです。

 

 

つまり、SNSにおいては「シネ」や「キモイ」という言葉が自身の利益になると考えて使っている人もいるのです。

 

 

こういった中傷は、テレビでは「赤の他人を攻撃して日ごろの鬱憤を晴らす愚かな行為」と捉えて批判されていますが、中にはいわゆる炎上商法に利用してお金儲けに成功している人すら存在しているのです。

 

 

「シネ」や「キモイ」は単に誰かを傷つけるためではなく、人の強欲を満たすためにも使われていると言えます。

 

 

(自分で書いていて何なのですが、本当に凄まじい世の中になったものです。)

 

 

もしもあなたが「キモイシネ」と言われても

「そんなことをいわれても気にしないでいい」というのは簡単ですが、「そうはいかない」という人がほとんどではないでしょうか。

 

「キモイ」で人間性を否定されたり、「シネ」と生命維持活動まで否定されたら、誰もつらいのは当然です。

 

 

しかし、こういった言葉は逆に言うと「自分のことを見ているから」自身に向けて発せられているとも考えることが出来ます。それはそれで迷惑、それこそ「キモい」かも知れませんが。

 

 

一般的な、例えばサラリーマンや公務員などといった職に就いている人にとっては、そういった言葉は迷惑千万以外の何者でもないですが、在宅ワークやフリーランスのようにいわゆる「自営業」をしている人間にとっては「自分を批判する人」というのはある意味でビジネスチャンスでもあるのです。

 

 

そのような中傷をしてくる人というのは、必ず「誰かを介して」訪れる人です。

 

 

つまり、そういった批判者が多くなれば多くなるほどに実は自分のことを好意的に思ってくれている人が多いということの裏返しとも言えるのです。

 

 

「有名漫画にはアンチがつきもの」という言葉はネットで昔から語られていますが、これは何も漫画に限っての事だけではなく、そういった自営業以外でも同じことが言えるのです。

 

 

あなたのことを過度に否定する人、すなわち「シネ」や「キモイ」と言ってくる人というのは「嫉妬している」という可能性が大いにあるのです。

 

 

どの部分に嫉妬しているのかは不明ですが、そういった人が存在するということは、誰かからあなたの頑張りが認められているということの裏づけでもあります。

 

 

そのため、そのようなことを言われたときには「無視して耐える」のではなく「無視をしつつ、誰かから認められていると喜ぶべき」なのです。

 

 

あなたに「シネ」や「キモイ」といってくる人は、わざわざあなたに「お前は誰かから求められてムカツク」と教えに来てくれる親切な人なのです。そう考えると心が軽くなります。そのようなことを言ってくる相手を哀れに思うようになり、腹立つようなことは次第に少なくなっていきます。

 

 

相手の心理を考えて行動することは当然大切です。しかし、それだけではなくあなたの心をどうやって「健常な状態を保つか」ということも非常に大切なのです。

 

 

ですので、過度に気にするのではなく、全く別の考え方でもって対処していくという手段をとることも重要になってくるのです。

 

 

自分から使っていくべきなのか

 

キモイシネ 対話 言い合い

 

では逆に、「シネ」や「キモイ」といった言葉を積極的に使っていくほうが良いのかどうかということを考えて見ましょう。

 

 

…えぇっ!?いやいやいやいや…

 

 

実は、こういった言葉を積極的に使っていくと得られるメリットもあります。

 

 

それは、「人間同士の結束力が高まる」という心理が生まれる点です。

 

 

そういった言葉を用いて共通の敵を作り、結束してその敵を攻撃するというわけです。

しかし、当然ながらデメリットの方が遥かに大きいです。

 

 

積極的に他人を攻撃するということは、今度は自身がその対象になり得るということになります。

 

 

そうなると先述のメリットは失われ、自身の社会的地位も失われます。

 

 

ですので…まあ…当然のことではありますが、積極的に使っていかないほうが良いですね。

 

 

ちなみに、「共通の人間を攻撃し、結束を図る」というこの図式はいわゆる「いじめ」のことを指します。

 

 

いじめていた側が、今度はいじめられる側になったという話は少なくありません。

 

 

まさに因果応報といえますが、その結束の中に加わらないことは、結構勇気がいるものです。

 

 

ですので「キモイ」や「シネ」と過剰にいう人というのは、逆に言えば「自分は絶対にそんなことを言われたくない」すなわち「いじめられたくない」という心理であると言えるのです。

 

 

言ってみれば自己防衛本能によってそういう行動に出ているわけです。

 

 

しかし、だからといって積極的にいじめに加担する必要はありません。いじめを行うグループに入らず、他のグループに入るという選択肢を選ぶほうが遥かに懸命な生き方なのです。

 

 

まとめ

「キモイ」や「シネ」という言葉を使う人というのは、決して同じ思考をしているわけではありません。

 

本当に相手のことを憎んでそういうことを言う人もいますが、その人の生きてきた環境によってそうなっている場合もあります。

 

 

また、今現在生きている環境によってそうなってしまったということもあるでしょう。

 

 

そして「匿名」という特別な状況下において、そのような暴挙に出てしまう心理が働く哀れな人も存在します。

 

 

「自分は言われたくない」からと、積極的にそういった言葉の暴力に走ってしまう人もいます。

 

 

「キモイ」や「シネ」という言葉を使う人の背景には、実は共通した心理という物は存在しないのです。

 

 

無礼な人間であるということに変わりはありませんが、だからといってその無礼さを攻めることは相手と同じことをしてしまうことにも繋がるのです。

 

 

冷静さを失わず、かといって我慢しすぎることもなく、個々のケースに応じて対応していく必要があるのです。

 

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